福井直秋【武蔵野音楽大学の創始者】について

武蔵野音楽大学の創立者である福井直秋。その生い立ちや、歩んできた道のりについてまとめてみました。

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晩年の生活・故郷の名誉町民に選ばれる

投稿日:2016年9月6日 更新日:

晩年の私生活

福井は、武蔵野音楽大学建立に捧げたその生涯のうちで常に生徒、学生とともにあり、その生活のなかに溶け合うことによって教育を完成させる教育者でした。そのなかで、私生活があるとしたならば、それは彼が晩年、愛すべき孫達と暮らした生活であったでしょう。

 

福井は、昭和23年(1948)に妻を亡くした後は、孫である武蔵野音楽大学現理事長の直敬らと暮らしたのです。趣味であるプロレス観戦や将棋も、孫と共に楽しんでいたようです。昭和26年から27年(1951/1952)、テレビ放送の初めの頃、プロレスが日本を風靡した時代がありました。福井の家にテレビが入ったのは卒業生から贈られた時で、もっとずっと後のことであり、その時代には、まだ大学にしかテレビはありませんでした。プロレスが始まる時間がくると福井は孫達を連れて大学まで見に出かけました。
福井は寮の学生達と、力道山の活躍に手に汗をにぎって応援したのです。「相撲やプロレスは、勝ち敗けがはっきりしているからいい。ボクシングは判定があるからきらいだ」というのが、福井が孫達にかける言葉だったといいます。

 

公人としての父をもっともよく知る直弘は、パイプオルガンの披露演奏が福井の最大の喜びであると指摘しています。

彼にとって、武蔵野音楽大学の学生は、当時すでにみな、孫のような存在であったのです。だれかれの差別なく、家で会い、話し、それは受験生にまでおよびました。

 

そして、学長時代はもちろん、理事長時代も毎日大学へ出かけましたが、大学で行われる音楽会、演奏会はどんな小さなものでも、時間の許すかぎり必ず出席し、最後まで席を立ちませんでした。

これは、彼が一生通した主義であり、学生への愛情のあらわれでした。さらに晩年は、富山県人会が月に一回開かれていましたが、それにも最長老の1人としてできるかぎり出席し、教え子達の会にも赴きました。

 

福井は武蔵野音楽大学の設立者として知られる一方で、その生涯を通じて驚くべき数の歌曲の作品を残し、また数々のペンネームでそれを発表しています。その代表的な例をあげれば、ヘルプスト(FHerbst)、オータム(NAutumn)、ブルンネン(F.Brunnen)、武野秋蔵、福野敬之、有江光直、大石宗一、富山仙六、岡本祥二、椎名光一、神保長、岡崎てる代、長野保子等です。

特にヘルプスト等は、外国人の作曲と思われ、戦前のラジオ体操の伴奏曲、「ヘルプスト行進曲」などは、20年近く日本放送協会が毎日放送し続けながら、その間これが福井の曲であることを知らず、その著作権料が1回も支払われなかったのは有名なエピソードです。

 

 

 

故郷の名誉町民に選ばれる


86年の生涯を生き抜いた福井直秋は、数々の叙勲や褒章を受けています。いま武蔵野音楽大学には、福井直秋の銅像が立っていますが、これは、彼が81歳の時に、彼の教え子達の志が結集して建てられたものでした。武蔵野音楽大学の同窓会が、福井学長の胸像建立の議を満場一致で可決した時、福井は、「現在、学校改築工事の最中であり、このため同窓生から多大の援助を受けている時、自分個人の胸像などもってのほかである。自分はその気持だけを有難くおうけする」として固く断わったのでした。

 

しかし、本館落成の後、この件はさらに、福井が永く在職した青山師範の卒業生からも、全国大学音楽学部協議会有志からも、ぜひ自分達も加えてほしいとの強い要請があり、彫像建立委員会が結成され、同窓会と武蔵野音楽大学後援会と青山師範卒業生有志とが参加したのです。寄付金は1口200円とし、目標額が100万円と定められました。

 

こうなっては、福井も断わり切れず条件つきで承諾することになりました。その1つは、師弟関係の者に限ること、もう1つは、費用をできるだけ少額にするということでした。

そして制作の段階に入り、胸で切られるなんていやだ、全身像にして欲しいという福井の希望があり、また雨ざらしは嫌だ、カラスの糞が掛かるなんて嫌だと行って、屋根のように上を覆って欲しいこともつけ加えられました。

 

この彼と教え子達との絆と同じく、固く結ばれて生涯離れなかったものに故郷の地がありました。昭和37年(1962)6月27日、福井の生地、上市町の町議会は、満場一致で、福井直秋を名誉町民第1号に選んでいます。この知らせを受けた福井の喜びは大きく、名誉町民推挙式にて挨拶に立った際、言葉少なに、「勲章をもらった時より嬉しい」と語りました。

 

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